| 平成23年03月17日 (第12号) 編集責任者 小林 肇 |
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☆3月03日放課後子ども教室支援活動実施(会長・浅井・濱田・菊池・吉見他) ☆3月05日函館母子寡婦福祉会 講演「幸運を呼ぶ生き方」島貫会長 ☆3月05日運営委員会開催(ともえシニアカレッジ3/15日閉講式等その他) ☆3月12日ボランティア塾(武部祐子会員他) ☆3月15日22年度ともえシニアカレッジ閉校(詳細等別途報告) ☆平成23年度定期総会開催します。(別紙案内書) 日時 平成23年4月21日(木) 午後6時〜 会場 青年センター ●懇親会(有志)例年恒例の総会修了後開催 場所 千代台町28−9「フルフル」 会費 \3.000円 |
☆広場の声【自らの感じ・気づき・(随筆・旅行)・文芸作品
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*最近心に残った言葉2つ〜その4* 七尾 佳佑 会員 |
☆彡 日常会話のときに、心の中にはいつも「感謝のメガネをかけること」を勧めたい。 (以前はあら捜しのメガネをかけていたと、思うと述べている。) 【2011.01.23「ラジオ明日への言葉」の中で】 次ページへ ※ @現在36歳の男性書道家(武田双雲)の「座右の銘」との事 A書道は3歳より始めたが、大学卒業後企業戦士の経験もしたが、 25歳でこの道にのり、書道家として10年経て現在の心境から生まれたとのこと。 ☆彡 いつも「ほどほどの緊張感」と「視野を拡く持つべし」 (そのため、今でも自身の靴はハイヒール(3.5~5.0センチ)を意識して履き、新聞は3紙に目を通し、外から日本を見るように努力しているとの事) 【2011.02.06「ラジオ明日へのことば」の中で】 ※ 女性作家 曽野綾子(79歳)の言葉である。 |
| 平成23年02月24日 (第11号) 編集責任者 小林 肇 |
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☆3月3日 放課後子ども教室支援活動(南本通小)PM2.00〜 ☆3月5日 函館母子寡婦福祉協会にて、島貫会長講演2.00〜於ロイヤルホテル ☆3月10日 吉見江理会員送別会(有志)6.00〜花園町焼肉「もちょこい」 ☆3月15日 ともえシニアカレッジ第8講座(最終)AM10.00〜亀福センター ☆3月17日 月例会 PM6.30〜青年センター |
☆広場の声【自らの感じ・気づき・(随筆・旅行)・文芸作品
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祖父のこと 東 廣子会員 |
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| 前夜から吹雪がやむことなく続いていて、二度目の雪かきの後、腰をさすりながら、今、ストーブの前でほっとしている。 ふと雪の白さが目に残ったせいか、母方の白い髭の祖父を思い出した。亡くなって長い年月が立っているが、私の子供に見た姿と、先頃亡くなった伯父との話を繋ぎ合わせると、一本の物語の様に形が広がって、遠い昔が浮き上がって来る。 その昔、能登の羽咋から、おぢぢと、おばばが函館に来たのは、どうもおばばの家柄がよく、一緒になれないので、駆け落ちしたらしい。二男、四女(私の母は長女)をもうけて、 おじじは東浜で日本郵船の荷揚げをしていた沖仲仕で、私の小さいころは、東川町から歩いてお弁当を届けに行ったのを覚えている。当時は活気のある船場であった。 また、祖父母は共に、お西さん(浄土真宗西本願寺)の篤い信徒で、後年はお寺((西別院)の仕事を手伝ってよく働いていたらしい。 特に朝夕の時間に撞く鐘の音は、おじじの鐘といって、家の者の心の中に暖かい音色として残っているひとつである。 86歳で亡くなるまで、若いお坊さん達のお目付け役も兼ねていてか、かなり小言も云うが慕われてもいたらしい。 葬儀の時は院号と大勢のお坊さんが、お立ちになってそれはそれは立派な弔いだったと今でも語り草になっている。 その三ヵ月後、小柄で働き者のおばばも84歳であとを追う様に亡くなり「夫婦とはかくあるべし」と口々に言ったが、さて、誰にでも真似の出来る事ではないだろう。 おじじの口癖を思い出す…… @ 仏のバチが当たる(正に反すること) A いのちを粗末にするな(特に食べ物はきれいに) B 腹八分(節度を守る事) とても大切なことばかりなのに、私も身に付かない事が多く今更悔やまれてならない、早いもので、年齢も近づいているのに、私の孫の世代に届くものがあるのか、自信がない。 白い髭のおじじと、美しかったおばばの元に、今一族の皆がいるのだろうと思うと、おぢぢの、微笑んだ顔が、一段とやさしくゆきの白さと共に、浮かんでくる雪の一時であった。 |
| 平成23年01月20日 (第10号) 編集責任者 小林 肇 |
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☆1月21日 歴史散歩の会 鎌田佳勝会員講演(街セン) ☆1月25日 ともえシニアカレッジ 竹田講師(亀福セン) ☆2月03日 放課後子ども教室支援活動(南本通小) ☆2月08日 ともえシニアカレッジ 近江幸雄講師(亀福セン) ☆2月18日 歴史散歩の会 斎藤修会員講演(街セン) ☆2月22日 ともえシニアカレッジ 鎌田佳勝講師(亀福セン) ☆2月24日 月例研修会 「認知症を理解しよう。」 大和会員(青年セン) |
| 新しき年を迎えて 会長 島貫徹彦 |
| 明けましておめでとうございます。 皆さん佳いお年を御迎えの事とお慶び申し上げます。 昨年は全会員の一致協力の基「ともえシニアカレッジ」を開講し多くの団体から全面的支援を受け大好評を博しました、これも偏に会員全員の高いボランティア精神に支えられての成功であると確信いたしております。 今年もあと5回講座が開かれますが、各員の講座成功への情熱的バックアップにより完講し、一つの歴史を造りえたらと存じます。 時代は混迷の度を深め、不確実、不適当、不安要因が高まって居りますが、私共はインストラクターとしての誇りと高尚な精神性をベースにそれら要因を克服し「学ぶことの大切さ」を訴えると共に、学びを実践し社会貢献をして参りたく存じます。 又当会の議題であります 1、 事業推進の為の財源確保 2、 会員増強 3、 例会出席率の向上 4、 オープン講座の充実 等につきましても各員のメンバーシップの発揮により解決を図って参りたいと存じます、そして更なる飛躍の為お互いを尊重し、フレンドリーにカエンドソーにラブソーに協力仕合ってお互いの啓発を図って参りましょう、そして健康管理に十分気を配り、楽しく、元気に活動出来ますことを祈念してご挨拶と致します。 |
ある会員からの年賀
PDFで開きます。
| 平成22年12月16日 (第10号) 編集責任者 小林 肇 |
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☆12月16日 福祉ボランティア活動 ディサービス施設(来夢)ウエス用古着贈呈 ☆1月16日 まなびっと体験講座支援活動 種田義信会員 ☆1月18日 ともえシニアカレッジ 山形周文講師 ☆1月20日 新年懇親会(本町 絹ライブインPM6時より) ☆1月25日 ともえシニアカレッジ 竹田周作講師 ☆2月03日 放課後子ども教室支援活動(南本通小) ☆2月08日 ともえシニアカレッジ 近江幸雄講師 ☆2月22日 同 上 鎌田佳勝講師 |
気づき
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追憶(庭の白樺) 石 垣 充 一会員 |
「わたし、好きだったのに」
二階の窓から、庭を眺めていた娘がポツリと言ったのは高校生の頃だったか…。
その一言で、普段、自然に親しむことを偉そうに説いるくせに、娘の、そんな気持ちに気づきもしなかった私の心が、氷のように青ざめた。
白樺の葉っぱが縮こまってしまうのは、油虫の大量発生が原因だとわかって、しばらく薬剤散布をしたものの、木が想像以上に伸びたことも私には気に入らなくて、切ってしまったのだ。
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ところが翌々年、思いがけず、その切株に大型のエノキタケが株立ちになって生えた。 それから毎年、早春と晩秋に傘を広げて目と舌を楽しませてくれている。 |
| しかし、切り倒した直径20センチほどの幹に、エノキタケを植菌して寝かせておいた方は、カワラタケにすっかり侵略されて、覆いつくされてしまった。 冬枯れの庭を眺めていると、娘の一言を思い出す。 |
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「怒ってばかりで、何にもしてやらなかったなあ…。」
あの白樺の切株の後方には、石ころだらけの河原の縁で四苦八苦して掘ってきた2代目が、まわりの先輩木たちに気兼ねをするように体をしならせて、ほっそりしていたのに、今、逞しく、どっしりと根付いている。
日焼けして浅黒かった皮膚が、いつのまにか潤いのある肌に変身した娘のように、白樺は下の方から、一枚一枚皮がむけて、真っ白に変わってきた。
※ 世の中、何気に自分のことだと思ってしたことでも、他人を傷つけたり悲しませたりすることがあるものです。
そして、偶然の出会いや、思惑通りにならないことが…多々。
| 平成22年11月18日 (第9号) 編集責任者 小林 肇 |
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☆11月4日役員・運営委員会「ともえシニアカレッジ」関連事項確認(会長・浅井・濱田・武部・小林) ☆11月4日放課後子ども教室支援活動(武部・浅井・濱田・菊地・小林・吉見)B3名 ☆11月13〜14日北海道/東北ブロック生涯学習インストラクターの会交流研修会(会長・武部・小林参加) ☆11月30日ともえシニアカレッジ開校式・第一講座 AM10時亀福センター ☆12月2日放課後子ども教室支援活動します。 ☆12月3日(金)ともえシニアカレッジ第2講座 ☆12月15日(水)同上 第3講座 ☆12月16日(木)12月度月例研修会「ゴム版画で作る絵手紙」講師 菊地会員に変更いたします。 |
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| 平成22年10月21日 (第8号) 編集責任者 小林 肇 |
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☆10月20日函館市ボランティア連絡協議会入会手続き完了 ☆10月28日(木)・11月5日(金)放課後子ども教室支援活動 ☆「ともえシニアカレッジ」老大・一般募集要請チラシ等配布完了 ☆同上について10月7日函館新聞に紹介記事掲載される。(別紙) ☆10月28〜29日放課後子供プラン推進事業研修会―渡島教育局 ☆11月13〜14日北海道・東北生涯学習インストラクター会交流会 ☆11月18日(木)月例研修会「ゴム版画」講師 菊地会員 (教材費500円・カッターナイフ持参) ☆11月21日G.Fヘンデルメサイアの紹介(別紙) ☆道民カレッジ・まなびっと入学について募集中(事務局担当) ☆11月28日「ほっかいどう学」実践in函館(チラシ参照)受講要請 ☆11月30日「ともえシニアカレッジ」開講 来賓 渡島教育局 小田主査・市生涯学習課 成沢課長出席予定 ☆11月28日まなびっとフェスー七尾・菊地会員が講師で参加予定 ☆広場の声を随時募集しております。 |
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9年ぶりに歯医者に行ってます |
武部祐子 会員 |
パンを購入し夕食前に家で食べた。と、その時、前歯に違和感をかんじた。 勇気を振り絞って電話をして予約。 *あれから約4ヶ月、2回の現金払いと月分割払いで一週間前に手術をして一週間後、抜歯したが歯医者には、まだまだかかりそうです。 *年数回歯医者に行こうと思うと、お金がなかったり、喉がイガイガしていけなかったり、それが原因で9年間も行かなかったかどうかは私の責任で後の祭り。 |
小林 肇 |
| 平成22年09月28日 (第6号) 編集責任者 小林 肇 |
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★10月21日(木)月例研修会 ネイチャーゲムで遊ぼう、 石崎会員 ★11月13(土)〜14日(日)仙台市 北海道・東北ブロック生涯学習インストラクターの会交流研修会参加予定者3名 ★ともえシニアカアレッジ関係 9/1 短老大自冶会長・副会長に受講要請 ★同上9/3函館高齢者大自冶会長・9/14公民館長・亀田老大学長に受講協力要請 ★9/24移住者フォーラム「生涯学習のすすめ」小林事務局長講演・ 島貫会長・浅井副会長パネラーとして出席( 生涯学習インストラクター資格取得等・その役割について) ★9/29短老大・10/7高齢者大学―チラシ配布し開講趣旨説明の予定決まる ★渡島教育局よりほっかいどう学受講の再度要請あり会員各位検討を願う。 ☆広場の声を随時募集しております。 |
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“最近心に残った言葉二つ”〜その3 |
七尾 佳佑会員 |
| (^0_0^) 自分の眼で確かめろ」そして【攻める側にカメラを向けるな(この言葉は弱者の立場で考える)と私は言っていると思う。】 (2010.7.31ラジオ「連載土曜ホットの中で」 (^0_0^) @現役ジャーナリスト(内橋克人)の「座右の銘」との事 A長年の実践経験により生まれたとの事 「あきらめず、がんばれ(先を気にせず)、逃げないで」 (2010.7.31付 日経新聞 私の履歴書(下村脩)の中で) (^0_0^) @下村脩(生物化学者9は米国在住で2008年にノーベル賞を受賞している。 A「受賞後には日本国内で講演後のパネル討論の場で会場の若い参加者からの質問の多くが研究で成果が出ず、生き詰まったときどうすればいいかと、という問いだった。 そのときちょっと考えた後で、がんばれ、がんばれ。 つべこべ言わずに努力しなさいという、突き放したような言い方にひょっとしたら聞こえたかも知れない。 もう少し丁寧な答をしようと思ったが。私の言いたかったのは、結局この“がんばれ”、という単純なことばに尽きるのである。と述べている。 Bこの履歴書は3回シリーズで最終の結びの文章には… …日本の若い人たちに重ねて、いいたい。 がんばれ がんばれ。 物事を簡単にあきらめてはだめだ、と述べることで、次世代へのメッセージだと思いますが、 如何でしょうか? 以上 |
| 平成22年08月23日 (第5号) 編集責任者 小林 肇 |
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◆9月度月例研修 9月28日(火)「スポーツチャンバラの学習」 ・講師 種田会員 ◆8月4日役員会開催 @ともえシニアカレッジ今後のスケジュールについて A11月〜12月・月例研修会開催について 11月度 講師 菊池会員 12月度 講師 大和会員 B23年度月例研修会道民カレッジ対象講座申請について B月例会欠席者に対する情報誌送付に関して C月例会開催日変更について Dその他 ◆「月刊生涯学習」文科省生涯学習政策局より購読案内(回覧) ◆ほっかいどう学検定についてー北海道教育庁渡島教育局より受講推進案内(パンフレット)10月31日(日) サン・リフレ函館で実施 ◆「ともえシニアカレッジ」渡島教育局長より後援名義使用承認書受領いたしました。 ☆広場の声を随時募集しております。 |
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「樹皮画」について 「樹皮画」と私 |
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| 「樹皮画」について 古来生物、植物はすべて枯れ、朽ちて大自然に還る。その中でも木が自然に還る直前の色彩は、思いがけないほど豊かで、複雑です。 その素材を今一度絵画の中心に甦らせ、情緒豊かな作品として創作しています。私たちは自然に囲まれ、自然と共に生きています。 その意義に基づいて使われる素材は、風倒木・立ち枯れた木の皮、製材所で捨てられる樹皮に苔を使います。濃淡の強調のために墨を使い、苔は染色しますが紙や布など人工的に加工された製品、絵の具などは一切使いません。 北海道で生まれた「樹皮画」は今年で20回目の「全道展」を迎えました。 |
| 「樹皮画」と私 36歳で再就職し、道内各地を転勤した。子供たちには負担をかけたが、自身には変化にとんだ楽しい人生だったと思う。 北海道には、一括りにできない地方独特の慣習・気質があり、旅行者では分からない人情の機微に触れることも多く、転勤族ならではの醍醐味も味わった。 さらに、私にとっては「樹皮画」との出会いという収穫もあった。 札幌で偶然「北海道樹皮絵画展示会」を鑑賞する機会に恵まれた。空も山も川も木の皮の絵であった。それが木の皮であることはわかるが、胸に落ちるまでに間があった。 山で朽ちた木を見るもそれ以上の感慨もなく、登山靴で踏みしめて歩いた。その木の皮である。 「風倒木が土に還る直前の色彩は繊細で豊かです。自然に感謝し、今一度絵として甦へらせてみました」と説明があった。 退職五年前、旭川転勤となり、再び「樹皮画」との出会いがあった。 「絵心もなく、絵を描こうと思ったこともないが、何を、どんな風にして絵にするのか興味があって、以来、月1〜2度、教室に通った」 退職後函館に移住したが、怪我が元で歩行困難だった。知人の少ない移住の地で心細い思いをした。旭川の師匠が木の皮を送ってくれたり、家族が集めてくれたり、それで絵を描いてすごした。 そのうち、自分で気に入った木の皮を探したい欲求が高まり、それが動機となって、リハビリに励んだ。 朝6時、毎日のようにゆっくりと登った函館山、そして、ノルデック・ウオーキングとの出会い。 今、日常の生活に支障がないほどに回復したが、自分を支えた「樹皮画」と「函館山」には本当に感謝している。 排他的に感じていた函館の人も慣れると誠に親切で、世話焼きである。 函館山の展望は、第二の故郷に函館を選んだ気持ちを満足させてくれる。 「函館大好き」そう思えるようになり、残る人生を果敢に楽しんで生きる勇気がわいてくる。 「ありがとう函館、そして、よろしく函館」 高 橋 良 子 |
| 平成22年07月26日 (第4号) 編集責任者 小林 肇 |
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◆島貫会長より、浅井副会長・事務局長小林肇補佐武部祐子選出任命ついて説明参加者16名の承認 を得る。 ◆8月度月例会8月23日「きのこの見分け方」講師 石垣会員 ◆渡島教育局生涯学習指導者バンク登録の件(7月31日まで提出) ◆会員活動実施状況報告について。 ◆その他 ○札幌生涯学習・みやぎ生涯学習インストラクター会会報を回覧ねがいます。 ○国際フォーラム(あなたの出番です!チエンジ チャレンジinはこだて開催)のご案内 ★9月月例研修会日程を9月28日(火)PM6.00〜に変更いたします。 ☆広場の声を随時募集しております。 |
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追悼のことば 会長 島貫 徹彦 |
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| 故大山函館生涯学習インストラクターの会、副会長兼統括事務局長がお亡くなりになってから 早一か月、ここに会員一同追悼の意を表します。 私たちにとりましては、故大山さんの急逝は眼前が真っ暗になり大きな、大きな痛手となりました、又故大山さんも志し半ばでの絶命は残念無念であったと存じます。 日が経つにつれ、故大山さんの努力の軌跡、その存在の大きさが粛々と思わされております。 私どもはいつまでも感傷に漬かっているわけにも参らず、故大山さんの意思をつぎ、更なる生涯学習推進ボランテア活動に励むことこそが、故大山さんへの最大の供養と存じます。 私共は、大山さんから受けたご協力ご支援は決して忘れません、感謝の念で一杯です。 故大山さん長い間本当にありがとうございました、どうか、どうか、安らかにお休みください。 合掌 |
| 故大山副会長葬儀に関して 6月20日急逝22〜24日葬儀に際し、会員の皆さん心からのお悔みを頂き、また種々御手伝い下さいまして、誠にありがとうございました。と喪主大山光子夫人始めご遺族の方よりお礼の言葉をいただきました。 私たち生涯学習インストラクターの会交流活動により、下記の会から弔電・ご供花を賜りました。 弔電 @ 文科省認可法人 財団法人社会通信教育協会 会 長 井出 久 A 同上生涯学習インストラクター事務局 次 長 酒井 千恵 B まなびあさひかわ 会 長 鈴木美代子 C 札幌生涯学習インストラクターの会 会 長 高橋 三郎 弔電・ご供花 D 青森県生涯学習インストラクターの会 会 長 稲荷 安信 E 秋田県生涯学習インストラクターの会 会 長 三浦 昭一 F 同 上 副会長 佐藤 信雄 G 岩手県生涯学習インストラクターの会 会 長 名郷根法育 H 同 上 事務局長田端 郁子 I みやぎ生涯学習インストラクターの会 会 長 岩瀬 雅昭 J 同 上 副会長 宍戸 宏至 (敬称略) ※ 上記に対し島貫会長よりお礼状を送付いたしました。 当会より会規約にてらし、ご香典を敬弔する。 会員有志によりご供花を敬弔する。 ○ 函館市教育委員会生涯学習課・ ○ 渡島支庁社会教育局・福祉局 ○ 他関連先の方々のご焼香をいただきました。 |
| 上記のとおり葬儀に関する報告をいたします。 事務局 小林 肇・武部祐子 |
| 平成22年06月21日 (第3号) 編集責任者 小林 肇 |
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☆ 訃報 大山副会長6月20日午後8時34分循環器疾患疑いにより急逝いたしました。 例会時会長より会員に葬儀日程報告及び黙祷 を行い例会を開催する (第4号にて詳細報告いたします。事務局小林) ☆ 6月28日役員会開催(後任人事について・副会長空席・事務局長小林肇・ 補佐武部祐子さんを任命他 シニアカレッジ等その他審議) ☆ 7月度月例研修会(7月26日「折り紙教室」講師 七尾会員) ☆ 8月度月例研修会(8月23日「きのこの見分け方」講師 石垣会員) ☆ その他 ☆ 広場の声を随時募集しております。 |
広場の声 【自らの感じ・気づき「随筆、旅行・文芸作品等」】
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・自らの感じ
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「函館検定に合格して」 |
| 生涯学習実践者 武 部 巌 |
| 私は、函館検定を第2回から第4回も受験しました。最初は軽い気持ちでテキストをさらりと目を通しただけで受験しました、点数は62点と悪かった。 そして3回目を受験する時、テキストを何回も繰り返し目を通したやはり悪かったどこが悪いのか、3回目も失敗に終わって問題と解答を照らし合わせてみた。 文化芸能と自然景観が悪かったのを反省して4回目を受験することにした。 受験する前に2回目、3回目の過去の問題を解いてみた。やはり文化芸能と自然景観が悪く、再度テキストに目を通した。 4回目の受験の年、函館開港150周年の年だったので1問から5問が開港に関する問題だったせいか4回目は自分なりに出来ました。 解答用紙を商工会議所からもらい、答え合わせをしたところ、良い結果だったので1ヶ月後の12月に合格通知を楽しみにしていた。 12月、通知が来た。封筒は厚みがあった。封筒を明けたところ、合格通知のカードが入っていた。……嬉しかった。何事にも諦めず、妻と一緒に取り組んだ結果合格できた。 妻に支えられた生涯学習が良い結果をもたらした。 ありがとう |
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★ネット情報(情報交換・報告事項・連絡協議) |
| 平成22年05月17日 (第2号) 編集責任者 大山勝男 |
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★ 島 貫 新会長の挨拶
「活躍を期して」
新年度総会も無事終了し、いよいよ平成22年度の活動が始まりました。
今般は、役員改選もあり新役員を中心に運営されますが、桶田前会長が導いていただいた路線を引き継ぎ、更なる発展を期したいと存じています。
今年度からは、新規事業として「ともえ・シニアカレッジ講座」も始まります。
また、いずれNPO法人格の資格等で各種事業を遂行して参る様に検討もいたしています。
いずれにせよ、会員自らが各々の立場でその力量を発揮して、地域社会からも多いに歓迎される生涯学習活動でありたいと思っています。
人として、この世において、人のために支援の力を発揮できることは、幸せなことです。
私達は、生涯学習インストラクターの会は、高いボランティア精神を持って、各年代、各分野で、学ぶことの素晴らしさの支援を続けて参りましょう。先ずは、新年度の活動につき一言、その精神と確認を申し上げます。
おわり
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広場の声 【自らの感じ・気づき「随筆、旅行・文芸作品等」】
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・自らの感じ
| 春の九州全周の旅から“知覧を訪ねて” |
| 浅井 勉 会員 |
〜太平洋戦争末期の陸軍特別攻撃隊基地〜 旅は、五泊六日で九州全県を通過すると言う、駆け足での旅でしたが、多くの名所旧跡を巡ってきました。 その中で、強烈に印象付けられ、もう一度時間を掛けて、タイムスリップして見たい思いにさせてくれたのが、鹿児島県南九州市 知覧です。 この知覧は、昭和十七年に開校された、太刀洗陸軍飛行学校知覧分教所のあったところです。 そして、あの悲惨きわまる大東亜戦争(戦後は太平洋戦争とも言う)の末期(昭和二十年)、本土最南端の特攻基地の主軸となり、「若き(最年少で十七歳と言われている)若き勇士たちが、南の空に赴いて、帰らざる壮途についた」につかれた地であります。 ここ知覧特攻平和会館には、人類史上類を見ないと言われる、特攻機もろとも肉弾となって散って行った、特攻隊員の遺品、遺影、資料などが数多く収集されており見る人の胸に、当時を偲んでの思いが熱く過ぎ去るその中で、私の胸に強列に残ったのが、隊員たちが出撃の前夜に最後の眠りについたと言われる、通称”三角小屋”でした。 この三角小屋の中は、薄いマットにくたびれた毛布が1枚、枕と両側に寝床があり、片側六人ずつ合わせて十二人の隊員たちが、出撃の前夜、酒を酌み交わし、各々が故郷の両親、兄弟姉妹、愛しい妻や子供たち、恋人にどんな思いで手紙を書いたのかと思うとジーンと胸が熱くなってくるのを覚えずにはいられないのでした。 展示品の中でも、故郷に思いをはせて書かれた手紙(遺品となる)の数々の多さに、よくぞこれほどまでに収集されたことに目を見張らせるものがあります。 そのほかには、陸軍戦闘機の「飛燕」や「疾風」を始め、多くの遺品、そして当時の出撃の様子を映像で見ることが出来ます。 これらの展示品を極く一部しか見ることができませんでしたが、平和な今の日本がある陰には、国の平和や故郷に残してきた親、兄弟、‥‥達の幸福を願って戦火に散って行った、特攻隊員のみならず、多くの兵士たちの思いがあることを、忘れてはならないと心して、知覧を後にする。 おわり |
★ネット情報(情報交換・報告事項・連絡協議) |
| 平成22年04月26日 (第1号) 編集責任者 大山勝男 |
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報告事項
★ 新会員紹介
この度、当会にご入会していただきまして心より歓迎します。
生涯学習社会の理念を、「何時でも・何処でも・誰でも」の実践活動に積極的に参画して、
自己研鑚に努力しましょう。
☆ 吉見 江里 凾館教育大学・ボランティア活動
☆ 鈴木 理江 子供教室指導員
☆ 高橋 良子 移住者の会・アドバイザー
☆ 東 廣子 日赤水上安全救助員
☆ 鈴木さよ子 女性保護の会・民生委員
広場の声 【自らの感じ・気づき「随筆、旅行・文芸作品等」】
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・自らの感じ
| 「ことば」の難しさ! |
| (もと消防士の話し) 種田義信 会員 |
以前,消防職員として、火災予防期間中に「防火講話」の機会を頂戴したときの話を提供します。 枕として、ある雑誌に掲載された親子の会話から始めました。登場人物は3人。 一家の主人とその奥さん、そして大学生の娘です。家族3人で食事も終り一息ついたときに、奥さんが娘に、「お父さんがお風呂に入るから蓋を取ってきて」と言いました。その娘は素直に立ち上がり風呂場へ入り、パタパタし蓋を取り、出てくるなり父親に言いました。「お父さん、お風呂の蓋は取りましたよ!お風呂の蓋ぐらい自分で取ってはいればよいのに。」と言いました。 お父さんはニヤリとしながら「本当に入って良いのか?」と言いました。 そこで娘は、一寸考えてから慌てて風呂場へ駆け込んで行きました。母親である奥さんは、その娘さんが普段から脱衣場に下着を干していることを知っておりましたので、やんわりと注意したのでした。「日本語って難しいです」ね。遠回しに言った言葉が通じないことがありますし、そして短い言葉に意味があるのです。 短い言葉は災害現場に良くありました。先月上旬に○○町ホテルで火災がありました。 消防隊は,ホテルのフロントへ行き従業員へ「お客様は避難したか?」と尋ねたら「お客は出ております」とのことでした。そこで私は「全員避難したのか」と聞きましたら、「3階以外の客は外出しております」とのこと。さらに「3階の客はどうしたのか」と聞くと「客室の鍵はフロントにある」とのことでした。 聞きたい答えがなかなか返ってきません。避難者の確認に手間取りましたが、全員の避難を確認できたのは火災が鎮火してからでした。 フロントの会話は質問の仕方がまずかったのか、工夫が必要なのかと反省をもしております。 組織として働いている職場での人員確認の方法は、「総員○名・事故○名・現在員○名」という報告がありますが、そういう意味のことを一般人に求めるのは無理なのかとも思っております。 ある高校の避難訓練に立ち会った時のことですが、防火管理者の先生から「全員避難しました」との報告を受けました。その時、私は小声で「何名ですか」と聞きましたら、小声で「確認していません」と返答がありました。避難訓練も馴れすぎるとこういうことがあるのかなと思い、訓練終了後の反省会で再検討するようにお願いしたことがありました。 それから、あまり話題にしたくないことですが、災害現場での言葉の難しさということて話をさせていただきます。 先日、公務員住宅で火災がありました。その時のことですが、先着隊として火元を確認しようと階段を昇っていたときに、階段を降りてきた女性に出会いました。その方に「全員避難しましたか?」と聞いたときに「全員避難しました」との返事がありましたので、避難完了と判断しました。しかし、あとから来た隊員が火元の向いの部屋に女性がいたことを確認し避難誘導をしたとのことです。 あとで、消火活動を検討した時にそのことが話題になりました。先着隊員である私が女性に聞いた「全員避難しましたか?」との質問は「適切でなかった」ということでした。 その女性は、「女性が住んでいる部屋の人は避難したと答えた」のではないかということでした。災害時に、質問する側と答える側の人の立場によって「言葉の意味が違うことがある」ということです。ときとして、お互いの意志を伝える言葉の意味が異なり、伝達する言葉が難しいことをご紹介いたしまして、話を終ります。 以上が、過去にあった不様な体験談です。 おわり |
21年度情報(1号〜)
j20年度情報へのリンク (19年度第2〜12号)